だからゲスなんだ

 

 

 

 

自分だけが幸せになろうとしたり、

 

 

お金を得ることだけにこだわっていたら

 

 

人間の顔つきはだんだん卑しくなってくる。

 

 

 

 

 

 

 

 

数年前、私は顔なじみの先輩から、

 

 

お金儲けらしい商談をもらったことがあった。

 

 

 

「とにかくこの世は金だわな、この仕事はなかなかイケちゃうぞ。おまえもコレをしてお金持ちになりなさい。共にベンツに乗り換えましょう」

 

 

そういえばその先輩も卑しい顔つきをしていた。

 

 

「仕事っていうのは、利益、効率、機能だわな。まわりを見てみ、バカみたいに働いてらあ」

 

 

一瞬、彼の目にオオカミが通り過ぎたようにも見えた。

 

 

 

 

商品を右から左に流すだけでお金を得たり、

 

 

情報を買っただけで預金が増えたりする職があるらしいが、

 

 

自分は何かを成しえているのか。

 

 

 

 

ひどいのになると、他人を哀しみの淵に蹴落としてまでお金を得ようとする連中が

 

 

金ピカのものを身につけて、平然と街を歩いている。

 

 

 

対して、社会になくてはならぬ仕事をしている人に正当なお金が分配されることは少ない。

 

 

 

彼らの生活が苦しいのはおかしい。

 

 

 

 

 

 

と、ここまで書きながら、私も若気の至りで

 

 

碌でもないことをして日銭を稼いだ経験がある。

 

 

それは後年になって、とても悔恨を感じた。

 

 

 

 

入ってきたお金で、恋人と食事をしたり、いっしょに旅行をしたり、贈りものを渡すことができたが

 

 

汗水とは無縁で、誇りや品性は、その仕事にはなかった(そういう類いのものは仕事と呼ばないが)。

 

 

 

 

あのときはお金ですべてが手に入ると思っていた。ゲスだった。

 

 

 

 

男にひとつ言っておきたいのが

 

 

女性は、その男が身銭を切っているかどうか実は分かっている、ということ。

 

 

 

この贈りものは、どういう重さのお金で買われたのか、と。金額の話じゃない。

 

 

身を粉にして働いていない、汗が染みちゃいない紙幣など、たかが知れているという話である。

 

 

 

 

 

残念ながらこの世の中には、

 

 

小悪党になれば誰だってお金儲けできる手口がけっこう蔓延っている。

 

 

 

それを大半の人間が知っているし、やり方すらもテレビや新聞が丁寧に発信してくれている。

 

 

 

しかし多くの人が手を染めないのは

 

 

心根にまだ、清らかな情緒があるから、と私は信じたい。

 

 

人間は情緒や、哀切を失えばただの細胞のかたまりでしかないとおもう。

 

 

被災地に空き巣に入るやつなど人間でない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せっかくですが、この話、けっこうです」

 

 

先輩に下げたくもない頭を下げた。

 

 

 

「おまえよ、馬鹿なんか。こんな儲け話、他にあるわけがねえぞ」

 

 

 

 

いまは音信不通になってしまったが、

 

 

彼は黒塗りの高級車には乗っていないと思う。

 

 

 

 

自分だけのために生きること、金銭、名誉など、
きっと生きていることの脇にあるのだ。

 

 

 

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