どうだ郷土料理は

 

 

 

 

 

 

東京暮らしの弟が、

 

 

 

久方ぶりに地元に帰ってきたので、小料理屋で酒を飲もう、と誘った。

 

 

 

 

 

 

ふたりでぶらぶらと路地を歩き、

 

 

気の利いた店あかりにふらっと入り、

 

 

まとめの酒をやった。

 

 

 

 

 

 

「どうだ郷土料理は」

 

 

 

「うまい。東京のはどうしても口に合わん」

 

 

 

「そうか。ハッハハ」

 

 

 

東京の飯を不味そうに食う、弟のしかめっ面が浮かんだ。

 

 

 

 

「ところで兄さん」

 

 

 

弟が空のグラスを見つめながら、ぽつりと言った。

 

 

 

「最近ちっとも楽しくないんだ……友だちと酒を飲んでも、映画を観たりしても、冷めとる」

 

 

 

「ほう」

 

 

 

私も弟と同じくらいの歳で、

 

 

抜け殻のような自分に気づいた時期があった。

 

 

 

 

それでも生きることに抗(あらが)い、

 

 

 

酒を飲んでは酔いの中に、わずかな望みを見ようとしていた青二才だった。

 

 

 

 

ーーーーーーこれだから兄弟というものは。

 

 

 

 

 

 

 

「そういうときは旅にでるといい。ついてきなさい」

 

 

 

 

 

「どこに行くと」

 

 

 

 

 

「フィリピン。あそこはイイ街さ」

 

 

 

 

 

酒も肴(さかな)も旨く、愉しい気分で、気が大きくなっていたのだろう。

 

 

急遽、弟との二人旅が決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「釣りはないよ。頼むからさっさと降りてくれ」

 

 

 

私と弟のフィリピン旅は、タクシー運転手のボッタクリから始まった。

 

 

 

 

空港から宿に向かうために乗ったタクシーだが、

 

 

 

 

換金したばかりで 持ち金に細かいのがなく、

 

 

 

そこに まんまとつけ込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

クソったれ、

 

 

と弟が口にしてはいけない言葉を発したので、

 

 

 

それはいざという時にしか言っちゃイケナイ、と教えた。

 

 

 

 

国外旅行は、はじめにこれくらいのを味わうと、あとあとイイ感じになる。

 

 

 

 

これも勉強代だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

ふたりで夜の街に出ることにした。目的地などは無い。

 

 

旅というものは、ふらふら街を歩いていれば、あちらから何かがやってくる。

 

 

 

 

 

と思っていた矢先、さっそくきた。

 

 

 

小児の物乞いである。一瞬にして数人に囲まれた。

 

 

 

 

彼らは小さな手をさしだして、お金を求めてきた。

 

 

 

 

薄汚れた衣服に、足元はみんな裸足だった。

 

 

 

 

 

お金を渡せば、彼らはクスリなどを買うらしく、

 

 

そのことを知っていた私は無視をして通り過ぎた。

 

 

 

弟にも、無視していい、と伝えたが

 

 

 

 

 

振り向くと弟は、子どもたちにこっそり小銭やガムを渡していた。

 

 

 

 

 

私はなにも言わなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次にきたのは、ワンピース姿の

 

 

 

ふたり組の娼婦だった。

 

 

 

女たちは私を値踏みするような目で見つめると、

 

 

 

 

日本人だと分かったのか

 

 

 

 

行く手を阻んで、からだに触ってきた。

 

 

 

 

聞くと、アタシたちとイイコトしない?ということだった。

 

 

 

 

そりゃそうか、彼女たちの生業だ。

 

 

 

 

私は彼女の手をはらい、持ち金がないから他をあたってくれ、と片言の英語で伝えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

現地の小店に入って、食事を摂ることにした。

 

 

 

よほど観光客が少ない店だったのか、それとも日本人が珍しいのか、

 

 

 

 

やけに他の客の視線を感じた。

 

 

 

 

 

気のせいだと思うようにしたが、

 

 

ジャパニーズだわ、とコソコソ話す声が聞こえた。

 

 

 

構わず、料理と酒を頼んだ。

 

 

 

 

 

飯はまあこんなものか、と思った。

 

 

 

瓶ビールは緩くてすぐ酔うた。

 

 

 

 

 

 

弟はどうやら口に合わないみたいだった。

 

 

 

 

周囲を見渡してみると、やはり視線を感じていたのは間違いではなかった。

 

 

 

 

みんなが私たちを物珍しそうな目で見ていた。

 

 

 

 

 

 

そのなかの一人、煙草をくゆらす娼婦のような女と目が合い、

 

 

ウィンクされた。

 

 

私も、咄嗟にウィンクし返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

弟と、現地にいた先輩を交えて、三人でカジノに行った。

 

 

ギャンブルの流れに逆らってしまったため、その日は負けた。

 

 

ギャンブルは生きものだから、

 

 

やはり流れにのって荒れる目を追ったほうがいい。

 

 

 

 

弟は落ち込んでいた。

 

 

 

「勝負強さを作るのは、肉を切らせた回数と、そのとき、平然としていられる精神だゾ。下を向くな」

 

 

 

これも、イイ勉強代である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

路上で客引きのオジサンに声をかけられた。

 

 

 

 

「ネェチャンと遊んでいってください、安いよ、かわいいよ」

 

 

 

片言の日本語でそう言われた。日本でいう、キャバクラのような店らしい。

 

 

日本よりもっと過激なことは間違いない。

 

 

 

オジサンと話していると、店から女を連れて、客の男がでてきた。

 

 

 

どこの国か不詳だが、男はアジア人だった。

 

 

 

 

男は、女の腰に腕をまわし、

 

 

酔っているのか、大声で歌いながら闇へ消えて行った。

 

 

 

 

その横を、物乞いの子どもがすれ違った。

 

 

 

 

 

 

世の中というものは不幸の底にある者と、

 

 

 

幸福の絶頂にある者が隣り合わせることが日常に起こる。

 

 

 

 

私は、はしゃがない大人になろう、とあらためて肝に銘じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

旅は、今あなたにとって必要な、何かを教えてくれる。

 

 

 

場所はどこだっていいから、安いチケットをとって

 

 

 

 

あなたの街から、この国から外に出るといい。

 

 

 

 

そこでどんな人間が、どんなふうに生きて、

 

 

暮らして、笑い、活き、嘆いているかを、

 

 

実際に目で見ることはとても大切である。

 

 

 

 

 

 

そうすれば己の中に眠っていた何かが目を覚まし、

 

 

世の中とは、国家とは、自分とは何者なんだ、

 

 

ということが少し見えてくる。

 

 

 

 

いかに生きていくか、生きる姿勢が定まってくる。

 

 

 

姿勢とは人間の胆(たん)がなすものだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

日本に帰ってきて、成田空港で日本料理を食べた。

 

 

弟がどうしても食べたいと言った。

 

 

 

 

 

 

「どうだ郷土料理は」

 

 

 

 

 

「うまい、幸せだ」

 

 

 

 

 

 

 

幸せとか、贅沢とかは、気づくことからはじまる。

 

 

 

 

これも旅が教えてくれたことだ。

 

 

 

 

 

 

 

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