打算はナシだ

 

 

 

 

 

「どういう会社に就職したらいいんですかね」

 

 

 

就職活動にいよいよ切羽詰まった後輩が

 

電話の向こうで問うた。

 

そりゃあんた、聞く相手を間違えとるだろう…。

 

 

 

 

 

さて、イイ機会だから、

 

企業の価値とは一体なんだ、と考えてみる。

 

 

資産か、資本金か、株価か。

 

 

いや違う。

 

企業の真の価値は、人間である。

 

 

 

 

理不尽な先輩がいれば

 

早いうちに社会というものを知れる。

 

 

しっかりどやしつけてくれる上司がいれば、

 

 

(その時は、なにくそバカヤロウ…と歯を喰いしばると思うが)

 

 

いかに正しいことを指導してくれたかが後年になって分かる。

 

いざというときの底力が身につく。

 

 

 

私自身でもある。

 

 

先生や先輩に殴られたことをいい経験だと言うつもりはないが、

 

 

あの時に比べたら、何ということはない、と思えた場面が

 

これまで幾つもあったから妙なものである。

 

 

 

 

 

ただ、口では言っても難しいよナ。

 

どのような人がいるかなんてのは、

 

本当のところは入社するまで見えてこないから。

 

 

 

 

 

だからといって、

 

損、得で仕事を選ぶのは淋しいし、

 

会社を評判や給料の良し悪し、休日の多さで決めてしまうのは

 

やはりほとんどが失敗してしまう。

 

 

 

 

そんなもので判断するのではなく

 

その会社に己の半生を預け、

 

そこで懸命に働くことが

 

人間形成につながるか

 

 

ということこそが肝心であろう。

 

 

そこに人間を作り上げるものがなければ…。

 

 

 

 

 

と、後輩の質問を巧みにはぐらかしたところで

 

訊き返してみる。

 

 

 

「ところで、志とか、夢とか。何でもイイから、やりたいことないのか」

 

 

「それが、何もなくって」

 

 

 

 

まったくである。

 

 

夢を、志を持ちなさいよ。

 

 

その夢にむかって人の何倍もできることを、

 

 

日本の若者のせめて半数でも、

 

信じて日々を生きていけば、

 

 

世界で有数の大人のいる国になるのに。

 

 

 

 

 

 

 

本日(H30.04/07)、私がこれまでいろいろと世話になった先輩が

 

 

世界一周の旅へ出た。

 

目的のある旅である。帰りの日は遠い。

 

 

 

 

彼らの無謀さは、私の知らないところで何度も大人たちから笑われたろう。

 

 

苦労が顔に出ている時期もあった。

 

 

それがようやくかたちになって

 

 

今日という日を迎えることができた。

 

 

 

強い志や夢は、大人たちの嘲笑など、

 

容易くはねのけてしまう力を持つのだ。

 

 

 

嘲笑だけではない、

 

 

志があるだけで

 

理不尽でも何でも、

 

そうなったものは受け入れて、世の中に理不尽はある、

 

我慢して応え、それで済むならそうするのが世間でもあるんだ、と立ち向かえるし

 

 

先輩から叱られることもたしかに辛いが

 

辛いものは心身にこたえる、よく効く、

 

甘やかして育てられてたらホンモノになれないもんナ、

 

と有り難く思うかもしれない。

 

 

 

 

それがどうだ、給料などで就職を決めてしまえば、

 

なぜそんな面倒なことを言うんだ、パワハラだ、となる。

 

 

青二才が仕事のことで怒られるなんてのは当たり前なのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

若者よ。同志よ。

 

夢に、志に、

 

打算などしなくてイイ。

 

大人たちが笑うことでも命懸けで信じて進んでいくほうが、

 

人生は案外と充実している気がする。

 

 

 

官僚になれば、外資系の金融に入れば、

 

大手であれば、

 

人生が安泰なんてのは端っからおかしいのである。

 

 

 

無謀を笑えるのかね、今の大人は。

 

 

 

 

 

「先輩、だから…」

 

 

 

「これだけ言って、まだ分からんか!」

 

 

 

今日も、口うるさくて、すまなかった。

 

 

 

 

 

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