母と父

 

 

 

 

 

むかし、九州の博多という商都に

 

 

夫婦ふたりで切り盛りする飯屋があった。

 

 

 

安くて美味い、そして何より

 

気立てのいい女将と、腕のある大将がいる小料理屋は

 

結構な繁盛店だった。

 

 

 

 

客層は勤め人の常連客から、

 

部活動帰りの野球少年まで幅広く、

 

 

思わず、ただいま、と言いたくなるようなイイ店構えだったらしい。

 

 

 

 

 

ただ、そんな賑やかな店にもさまざまな事情があり、

 

 

飯屋をもうすこし続けるには

 

 

まとまった金が必要な状況下にあった。

 

 

 

 

大将は、営業前や定休日の時間を使い

 

 

どうにか金を工面しようと、いろんな人に頭を下げて回った。

 

 

 

こういうときの銀行はあてにならない。

 

 

しかし友人は、返済は余裕ができたらでイイ、と幾らか貸してくれた。

 

 

 

 

それでも金は足りなかった。

 

 

かといって大将は、定食の値段を上げて

 

売上金を伸ばそう、ということは一切しなかった。

 

 

 

それはお客さんのことを第一に考えてのことだった。

 

 

 

経営は苦しいが、

 

部活動帰りの野球少年が店に来ると、

 

 

「おかえり」と笑顔で迎え入れ、

 

「たらふく食わんと試合に負けるど」

 

 

と大盛りの唐揚げなどをサービスした。

 

 

 

 

大将はどうしてもこの店を守りたかった。

 

 

店を閉めることは、死ぬこと同然であった。

 

 

 

-----仕方がない…

 

 

他にうまいやり方も見つからず、

 

 

ついに闇金に手を出してしまった。

 

 

 

 

まとまった黒い金で、

 

経営を何とか続けることができたが

 

平穏な日々は、瞬間的なものだった。

 

 

 

 

お店に、刺青の入った男衆が顔を出すようになったのだ。

 

 

用は、返済の催促である。

 

 

 

 

ヤクザのタチが悪いのは、

 

トイチという高金利の利息もそうだが

 

 

営業中、しかも客が入っている時を見計らって来ることだった。

 

 

 

レジの前に、大勢のヤクザが立って

 

「はよう金を返さんか」

 

「店がどうなってもいいんか」

 

 

などとのたもう。

 

 

 

大将はレジから売上金を渡し、

 

残りはもう少し待ってくれ、と頭を下げる。

 

 

「ほなまた来るからな」と輩たちは帰っていく。

 

 

その繰り返しがいつまでも続いた。

 

 

 

 

そんな場面を見てりゃ、当然、客足も遠のく。

 

常連だったお客さんでさえ顔を見なくなった。

 

 

 

店は以前よりも経営難に陥った。

 

 

 

 

 

 

それを見兼ねて、ついに逆上した女がいた。

 

 

女将…ではなく、

 

 

女将と大将の、娘である。

 

 

 

 

「この、どチンピラが!金返してほしかったらね、営業の邪魔するんじゃないよお!」

 

 

まだ高校生の彼女は、大勢のヤクザ相手に吠えまくった。

 

 

「ばかやろう、相手はヤクザさんだぞ」

 

「あんた、やめておくれ」

 

 

慌てて、父と母、そこに居合わせたお客さんが止めに入ったが、

 

 

娘は臆することなく

 

 

「こんなのヤクザじゃない!チンピラのゴンタクレよ!お金返してほしいの、返してほしくないの、どっちなんだい!あんたらのやってることは外道だよ!!」

 

 

とわめき散らした。

 

 

 

 

「なにをぉ?クソガキ、立場をわきまえろ」

 

 

まったくである。

 

ヤクザの言葉に頷ける。

 

 

ただヤクザも娘の威勢に圧され、帰って行ったと言うのだからおもしろい。

 

 

粋のイイ女である。

 

 

 

 

 

 

そんな娘の姿を見ていた一人の男児がいた。

 

 

お店にいつも来て、サービスの唐揚げを頬張る

 

高校野球の少年であった。

 

 

 

 

変な女がいるナ…

 

というのが娘の最初の印象だったらしい。

 

 

 

 

ただ運命的というのは、どうやら世間では珍しくないようで

 

野球少年と、小料理屋の娘は

 

歳もいっしょで、通っている高等学校も同じであった。

 

 

 

 

野球少年は、娘と店で鉢合わせると

 

 

『げっ、今日は手伝いしてんのかよ、落ち着いて飯も食えないぜ』

 

と飯を食って、

 

逃げるようにそそくさと寮に帰った。

 

 

 

彼女は彼女で、『なによ、感じ悪い坊主』という印象だったらしい。

 

 

 

 

そんなふたりがある日を境に惹かれ合い、

 

 

結婚にまで至るのだから、

 

 

人生というものは何が起こるか分からない。

 

 

 

 

 

 

「ボクと結婚してください」

 

 

小料理屋の娘は、首を横に振った。

 

「あなたもよくご存知でしょう。私の実家は今にも潰れそうな店をどうにか切り盛りしてて、ヤクザからの借金もまだ残ってる…あなたに迷惑をかけてしまうわ」

 

 

 

「ボクが人の何倍も働くさ」

 

 

「えっ?」

 

 

 

「貯金はないけど、ボクはがんばって働く。君をとりまく全てのことをボクが引き受ける。借金なんて、少し目を丸くするだけで、なんて事ないさ」

 

 

 

 

小料理屋の娘は、その場で泣き崩れて

 

 

この人となら一緒にやっていける、と結婚を決意した。

 

 

 

 

そんな二人の間に産まれたのが

 

この私である。

 

 

 

 

まったく、そんな母と父とは裏腹に、

 

 

倅(せがれ)は つくづく呑気に生きてきたものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

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