本を読むこと

 

 

 

私にはわからない。

 

 

何がわからないのかと言うと

 

たとえば、電車やバスなどに乗れば

 

男も女も、二十代も三十代もみな判で押したように同じ表情と目つきをしながら

 

スマートフォンのゲームかなんかに夢中で、

 

そのゲームをした結果、

 

先に何があるのかわからないのである。

 

 

今のゲームのなかに、

 

友情や情愛、懸命に生きる人間の姿勢が見えるものがあれば幸いであるが、

 

まさか得られるものがパチンコでフィーバーしたときの

 

達成感と同種のものであるなら

 

それは少し待ちたまえ、と言いたい。

 

 

 

ゲーム機が悪いとは言わないし、

 

人は愉しいことを好むから、

 

するな、とも言わないが、

 

みんな少しやりすぎではないのかね。

 

 

 

私は一応、物書きであるから

 

ゲームより本を読みなさい、と言う。

 

 

 

---本を読めば何かあるのかよって?

 

 

…そうだナ。

 

たしかに、生涯で一冊も本を読まず立派な人生を生き抜き、

 

他人のために素晴らしいことをなした人は

 

世の中にゴマンといる。

 

 

かと言って、自称 読書愛好家でも

 

今度の受賞作、あれイマイチだったナとか、

 

あの作家はダメだとか愚痴を言って、

 

家族からも会社仲間からも煙たがられている人もゴマンといる。

 

 

 

それでも読書は、自分が知らない、ゆたかな世界を

 

本を読むだけで得ることができる、素晴らしい力を持っていると思うし、

 

本を読むかたわらで、

 

きちんと日々を生きる指南にもなる。

 

 

人生の中で何度か読み返すことができる一冊に出逢うことができれば、

 

親友がひとり出来たことと同価値のものである、

 

というのが私の考えだ。

 

 

 

私たちはいつまでもガキじゃあるまいし

 

いつかは大人としての風情をこしらえないといけない。

 

ゲームばかりで情緒ある人間形成は少し難しい。

 

 

 

---えっ?読書は苦手ですって?

 

 

 

あなたね、私のつまらない文章を

 

ここまで読みあげておいて

 

 

読書が苦手だなんて言わせないよ。

 

 

新しい才能を見つけたナ。

 

 

本屋にあなたの友人がお待ちですよ。

 

 

 

 

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