安物買いの銭失い

 

 

 

『安物買いの銭失い』という言葉があるが、

 

あれは本当だと私は信じている。

 

 

この頃、社会のひとつの風潮として、

 

安けりゃそれでイイみたいな考えが

 

正しいかのごとく広がっているが

 

 

それはおかしい。

 

 

いいモノを作るには、

 

時間と手間がかかる。

 

時間と手間がかかれば

 

それなりの値が付くのは当たり前。

 

モノの価格というものは長い時間をかけて定まったものである。

 

 

そしてその値段を私たちが納得して買うのも

 

やはり長い時間がかかっている。

 

 

安いものは、やはり安いだけあって

 

すぐに壊れたり、悪くなったりするし、

 

高価なものに比べれば

 

扱い方も違ってくる。

 

 

たとえば、高い服を着れば、元から丈夫な上に

 

私たちの姿勢も丁寧になる分、

 

日持ちが非常に長くなる。

 

 

私は、たまに親や恋人が呆れるほど高価な服や

 

靴を買ったりするが

 

長い目で見ると、

 

案外こちらのほうが安く済んだりするものだ。

 

安いものはすぐダメになる。

 

ダメになったらまた買わなくてはいけない。

 

これを繰り返す。すこし勿体ない気がする。

 

 

 

 

 

 

 

贔屓の焼き鳥屋の大将に

 

注文表を指差しながら

 

こんなことを聞いたことがある。

 

 

「大将、好きな焼き鳥串を単品で5本頼むのと、

この串5本盛り合わせセットを頼むのじゃあ、おなじ本数なのになんで料金が変わってくるんですか。盛り合わせのほうがずいぶん安い」

 

 

大将は白い歯を見せて、いたずらな顔を浮かべた。

 

「大きな声では言えないけどね、盛り合わせは兄貴串ばかり入れてるんだよ」

 

ーーーそういうことか。

 

兄貴とは、古いネタのことで、

 

逆に、新鮮な方を弟という。

 

これは鮨屋なんかでもよく使われる用語である。

 

 

 

安い盛り合わせのほうは

 

好みの串を選べないし

 

廃棄を減らすように、古い串から順に選ばれる。

 

 

古いお肉は、味が全く違うし、

 

何より危なかったりするからナ。

 

 

腹が膨れればそれでイイという食べ盛りの若者ならまだいいが

 

それを女、子どもに食べさせるとなると

 

すこし考えなければならない。

 

 

 

 

すべてにお金をかけろ、と言ってるわけではない。

 

まだ若いのがグリーン車なんかに乗らなくていいと思うし

 

家は、立って半畳、寝て一畳、

 

それで人の暮らしは十分だ。

 

 

酒なんかもみんなが飲むようなもので愉しめる。

 

高級な酒をポンポン開けるのは風情がない。

 

 

しかし、これだ、と思えるものは

 

多少苦しくても一流がいいだろう。

 

二流にするなら、むしろ三流の方がいい。

 

一流には一流しかないものがある。

 

 

見栄ではない。

 

そこで学べるものがある。

 

 

 

回転寿司屋を数回 我慢して

 

銀座の鮨屋に行ってみる。

 

 

普通の人なら、恥をかかぬよう、

 

テーブルマナーもすこしは勉強して行く。

 

 

そこから姿勢が違う。

 

 

 

そして鮨というのは、

 

客との会話を最も大切にする料理ということが学べる。

 

 

大将の生い立ちなんかも聞ければ、

 

大人の男として学べるものはたくさんある。

 

会話がないというのも、会話ということも鮨の面白いところだ。

 

 

 

 

やはり安けりゃそれでイイってのは

 

あぶない考えかもしれない。

 

 

 

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