男は師事してナンボ

 

 

 

酒を飲んだ帰り道、

 

池袋の飲屋街を歩いていると

 

何やらサラリーマン風の男達が三人

 

居酒屋の前で揉み合っていた。

 

 

 

「今夜は私が」

 

「いや、ここは私が払います」

 

「なんで勝手に払ったんだ、俺が誘ったんだぞ」

 

 

なにやら支払いのことで財布に手をやっている。

 

 

----おっ、珍しい光景だな、としばらく眺めることにした。

 

 

私がいつも感心するのは、どうして金がない人間に限って、

 

自分が払おうとムキになるのだろうか。

 

金を持っているはずの人は不思議と支払いの時には姿が失せている。

 

あれはどこかで教わったのだろうか。

 

 

イイ人はみんな貧乏である。

 

 

 

そういえば、

 

これまでに私を酒場などに誘ってくれた先輩たちは皆、

 

そう余裕はないはずなのに(先輩らの暮らしを知っていて)

 

自分が支払うと頑(かたく)なだった。

 

 

有り難い気持ちと、どうして私なんかにここまで…という申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

 

 

 

その夜も、よく酒をやるあるひとりの先輩と

 

酒場をハシゴしていて

 

いつも支払ってもらってばかりで申し訳なくなった私は、

 

先輩がお手洗いをしている隙に

 

 

一度、先に精算を済ませておいたことがある。

 

 

先輩と私は、その店を後にして

 

しばらく黙って歩いていると

 

先輩は突如、烈火の如く怒りだし、私を叱った。

 

 

 

「なにやってんだてめぇは」

 

「え、いや、その」

 

「しょうもないことしてんじゃねえぞこら。せっかくの酒が覚めちまっただろうが」

 

ゴツン。

 

 

「お前、今日はもうダメだ、これで帰れ」

 

 

 

さっきの飲み代分以上の金額のタクシー代を

 

私の胸に叩きつけて、

 

先輩はドヤ街に消えていった。

 

 

 

善かれと思ってやったことが

 

先輩にとっては、私に最もされたくなかったことだったのか。

 

 

私はしばらくその場に立ち尽くし、

 

さっきの粗相を情けなく思った。

 

 

 

 

話は大きく変わるが、

 

男は、″師事してナンボ″と私は思う。

 

師事、つまり弟子入りのことで、

 

上司や、先輩、尊敬できる目上の人と過ごして

 

大人の男とはかくあるべきか学ぶのだ。

 

 

師事してナンボ、と書いたが

 

わざわざ師をさがすまでもなく

 

若い男は知らぬうちに

 

誰かにすでに弟子入りしている、というニュアンスが正しい。

 

 

 

惚れ込んだ目上の人を鏡にして、

 

彼らの見様見真似で男は生きる。

 

 

 

 

だから、情愛のある先輩たちに恵まれているのは

 

幸せなことなのである。

 

 

 

 

 

池袋で揉み合っていたサラリーマン風の男衆は、

 

どうやら一番目上と思われる人の一喝で

 

話がついたようだ。

 

 

 

「しょうもないことするな、酒が冷めるでしょうが。ここは私が払う」

 

後輩のふたりが渋々、頭を下げた。

 

 

 

ーーーーーああ、イイな。

 

 

 

あのご馳走になった二人が

 

さらにその下の後輩をつれて、

 

酒をたらふく飲み、精算時、

 

 

同じ場面になると、きっとあの台詞を言うんだ。

 

 

 

 

「しょうもないことをするな、せっかくの酒が覚めてしまいます」

 

 

 

 

人は順に生きるものである。

 

 

そして、先輩の姿は、

 

明日の我が身である。

 

 

 

 

まだ若いのは、師事してナンボ、だろう。

 

 

 

 

私のような、包容力のかけらもない人間に

 

この台詞がつとまる時は来るだろうか。

 

 

一度くらい口にしたいものである。

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