気にするな

 

 

誰だって悪い人間と思われたくはない。

 

ところが、

 

ある日、突然、自分がそういう立場になり

 

根も葉もないような噂話まで広げられると

 

 

あわてふためき、

 

果ては追い詰められて

 

街にさえ出れなくなる。

 

 

「それがどうした」

と言える肝があればイイが、

 

大衆からの圧を喰らえば、そう容易く済まないのが世の中だ。

 

 

それに世間は、根も葉もない話の方がひろがり易い側面を持っている。

 

風評 デマが入ってくると、これがいとも簡単に受け入れられてしまう。

 

 

いったん悪しき者と誰かが言いはじめると皆が皆

 

それが当然のように語り、

 

話す方もきいてる方もそれがあたかも真実であるかのごとく受け入れる。

 

 

その上、いったんそれを受け入れると、

 

たとえ間違いであっても、修正、訂正がなかなかできない。

 

 

今、君が、

 

もしその渦中に立たされていて

 

表を歩くこともできずに、

 

耐え続け、

 

苦しい時間を送っているのなら

 

 

気にするな、大丈夫だ、と頷いてあげよう。

 

 

 

“人の噂も七十五日” と言うが

 

おそらくもっと早く忘れてしまう。

 

それほど早く忘れられる話であるから、

 

大した出来事、事件ではなかったのであろう。

 

 

人を悪く言うことは空にむかって唾を吐いているのと同じ。

 

人間が生きるということは、

 

どこかで過ちを犯すことが、

 

その人の意思とは別に起こるのである。

 

 

ベッキーも、成宮も、

 

舛添都知事も、日体大ラグビー部も、

 

わざわざ言われなきゃ思い出せないようなことばかりだ。

 

 

 

だいたい皆、手前のことは脇において

 

いちいち騒ぎすぎなんだ。

 

 

また、猿がなんか言っとる、

 

と一瞥する程度で何も気にすることはない。

 

 

 

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