美しさと隣合わせに

 

 

 

 

東京駅から新幹線に乗った。

 

故郷の福岡に帰る、約五時間ほどの長旅である。

 

 

私は断然、飛行機派だが、

 

車窓の風景を眺めたり、

 

読書や執筆など、

 

なにかと作業ができる新幹線は

 

悪くないナと思うようになった。

 

 

はやく故郷に帰りたい、と思う反面、

 

車窓から、池や川を見つけると

 

おい、すこし速すぎやしないか

 

もうすこし眺めさせてくれ、などと思うから

 

(のぞみ号、ひかり号なら二秒しか見れない。こだま号なら三秒くらいか)

 

人間ってのは、

 

迂闊というか、

 

自分勝手というか、

 

矛盾だらけである。

 

 

 

 

読書も執筆も、適当なところで終え、

 

景色ばかり見ていても気持ちが悪くなったので

 

スマートフォンを覗いた。

 

 

 

 

すると、いきなり裸体に近い女の子の写真が

 

画面に出てきて驚いた。

 

 

ーーーーーな、なんだこりゃ。

 

 

その女の子は、私も知った人である。

 

おびただしい数のいいねと、コメントの量。

 

覗いてみると、第三者が

 

「かわいいね」「すてき」

 

果ては「あなたみたいに生まれ変わりたい」など

 

 

お愛想にしては度を超えたコメントが並んでいる。

 

 

 

インスタグラマー女子について

 

どうしたものかと、時折、考える。

 

 

自撮り写真をあげるのは、

 

大いに結構だが

 

その数にもよるだろうし、

 

 

稀に、

 

「こりゃいかん、君にも父や母、爺さん婆さんはおるだろう」

 

と眉をひそめる投稿もある。

 

 

さっきの裸に近いような写真とかだ。

 

女の子が、一体…、どうしたいのかね。

 

 

 

 

他者からの称賛を得たいのかもしれないが

 

私は、若いときに、

 

そうやって時代と環境にちやほやされれば、

 

性根が腐りやすくなると思っている。

 

 

褒められるばかりでは、

 

自分が他の連中と違って

 

何かを持っていると思い込んでしまうからナ。

 

 

若いときの、青二才の傲慢さほどみっともないものはないから

 

気をつけたい。

 

 

インスタグラマー女子は、

 

今は人気があってイイ感じかもしれんが、

 

なんというか、

 

大半が短命だろう、と思う。

 

 

若い頃の、美しさ、みずみずしさは

 

見ている側をも魅了するが、

 

美しいものとはその隣合わせに、

 

惨さ、はかなさがある。

 

 

 

 

新幹線の、こだま号は

 

うしろから来る、のぞみ号、ひかり号を通過させるために

 

駅で通過待ちをする。

 

 

あの時、遠くから電車が近づく気配がすると

 

来るぞ、と思う間もなく

 

グワァーンと来て、こっちの身体が、グラッと揺れたかと思うと、もう過ぎ去ってる。

 

 

ワァー来るぞ!来た!グラッ、って終わる。

 

女性の若い時って、

 

あんな感じだろう。

 

 

いずれ皆、大人になるのだから、

 

美しさともうひとつ、

 

別の何かをこしらえてやらないと

 

女振りのイイ、大人の女性にはなれないかもしれない。

 

 

自撮りをあげる前にすべきことは山とある。

 

 

 

 

 

言わずもがな、という言葉があるが

 

私の知人が

 

虚しい末路になりそうで心配なだけだ。

 

余計なお世話なのは承知の上である。

 

 

 

 

 

え?

 

チヤホヤされてる色男のインスタグラマー男子はどうですかって?

 

 

 

ああ、あれはもう、

 

 

失恋でもしてきなさい、

 

 

この一言に尽きますよ。

 

 

 

 

 

 

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