銀座の蝶々

 

 

 

 

夕刻、仕事終わりに、

 

電車に乗り込んで日本で一等の街に向かった。

 

 

‘‘ 銀座 ’’である。

 

 

 

銀座は昼間も夜も、すべてのものが一流だ。

 

衣服から装飾品、飲食、何もかも一流の品物が並んでいる。

 

品物も一流なら応対する人間も、それを要求される。

 

 

私のような田舎あがりの下町っ子が、

 

わざわざ銀座などに何用かと言うと

 

写真の面で随分お世話になっているS師匠からのお呼び出しがあったからだ。(あんなところ自前で行けるわけない)

 

 

電話が鳴り、出ると開口一番、

「酒を飲もう、銀座にきてくれ」と言われ、

二つ返事で了承。それなりのものを羽織って、手入れしていた革靴を履いて来た。

 

 

 

「わざわざすまないナ」

 

銀座四丁目の交差点で落ち合うと、師匠は頭を下げて、礼を言った。

 

 

「とんでもない、お誘い嬉しくおもいます」

「何か食ったか」

「いいえ、腹と背がくっつきそうです」

 

 

師匠に連れられ裏銀座のおでん屋の暖簾をくぐった。

 

空いているテーブル席に座り、私たちは向かい合って酌をした。

 

飯をつまみ、お説教され、酒を飲み、お説教をされた。ありがたいことである。

 

叱られながらも、

この大根は圧巻の味だナ、とか思っているのだからやはり私は大馬鹿者なのだろう。

 

頃合いで店を出て、酒場にむかった。

 

 

前を歩くS師匠の大きな背中についていく。

 

師匠、五十代と、私 二十代の二人組。

側からみれば親子にでも見えるのだろうか、とぼんやり考える。

 

 

 

花売りのオバさんと目が合って、思わず会釈した。

オバさんは慈愛のある笑みを返してくれた。

 

 

 

師匠が立ち止まった。私も立ち止まった。師匠が振り向いて言った。

 

「今日はおまえの身だしなみもいい。今夜はパァっと、部活動でもするか」

 

部活動…

 

S師匠はなにも、サッカーや野球をやろう、と言っている訳ではない。バスケでもない。

 

S師匠の言う部活動とは、‘‘クラブ’’で大人の遊びを嗜むことである。

 

 

銀座のクラブには一度、

 

師匠に連れてきてもらったことがあるが、

 

さすが一見さん御断りの老舗高級クラブだけあって、客層も客層で、

 

若いのがひとりポツンと浮いていた私は、居心地がよくないというか肩身が狭い思いをした。

 

 

まったく身の丈に合っていないナ、と肌で感じた。

 

 

しかしS師匠はお構いなしに、平然と私を 馴染みの店へ連れていく。

 

 

私もクラブへ行く、となると、

 

酒場にいく、というより授業を受けにいくような姿勢になってしまう。

 

 

銀座の客層は時代を映す鏡、とはよく言ったもので

やはりその日も、豪華な店内には

政界の人間や、テレビでよく観る顔触れが並んでいて、

何者でもない青年は、目線をちゃんとするのに目一杯だった。

 

 

師匠の友人であり、作家である、I先生も途中で加えて

 

S師匠の隣にはママ、

私と、I先生それぞれに若いホステスさんがつき

6人でボックス席で酌をした。

 

 

「小説の具合はどうですか」

 

I先生が私に優しくささやく。

 

 

「はあ、それが矛盾点ばかりだと校閲に怒られっぱなしで」

 

「ハハハ、そうでしたか」

 

「やはりボクには文才がないのかな、と」

 

「才能なんてほんの少しでいいと思いますよ。あとは、なにクソ根性ですから」

 

 

I先生は、むかしから私が好きな作家さんで、

よく先生の書籍を持ち歩いていた。

 

その本を目にしたS師匠が、I先生の友人だということを教えてくれて、紹介までしてくださった。

 

 

とてつもなく他人に優しいI先生が綴る本は、

 

読みはじめるとページをめくる手が止まらなくなり、

自分が書こうとするものが実に面白くないものだと、筆が進まなくなってしまう。

 

 

 

「写真の方はどうなんだ」

 

今度はS師匠がいたずらな顔で訊く。次いで

 

「才能なんてほんの少しでいいから、なにクソ根性で撮り続けろ」

 

と言い放って、私以外の全員が声をたてて笑った。

 

 

撮る、も、書く、も続けることが第一義なんだな。

 

 

 

「私は何も心配しておりませんよ。この方々に見守ってもらえて、育ててもらっているのですから、あなたはいずれ皆さんと競う男になります」

 

師匠の隣についているママが毅然として言ってくれた。

 

その言葉にハッとなり、私は、腹のなかで有難いなと思った。

 

 

「前に聞きそびれてしまったのですが、おいくつなのですか」

 

 

私の隣に座る、夜の蝶が聞く。そういえば前回も、この娘だったような気がする。

 

 

「二十代前半です。若僧が、こんなところに座って、すみません」

 

「お若いのですね。とても、そういう風には見えませんでした。もちろんいい意味で」

 

と蝶はお愛想を口にした。

 

 

 

「こいつはココが老けとるからな」

 

すかさずS師匠が、自分のこめかみを人差し指でポンポンと叩き、

 

「昭和の男くさいよな。おまえみたいなのは今の女にモテるのか」

 

と捨て台詞を吐いて、お手洗いに去った。

 

 

 

「いつの日も厳しいお師匠さんですね。愛がゆえと思いますが」

 

「はい、有難いことです」

 

 

 

 

ママと目が合った。

 

「Sさんね、あなたのことを、遠い日の自分を見ているバツの悪さがある、とおっしゃっていました。つまりそれは、自分と同じ失敗だけはしてほしくなくて、心配され、期待されているのです。厳しい根底には、きっと愛があるのでしょう」

 

 

 

 

私は何も言えなかった。

 

相変わらず、ママの教養と慎重な言葉選びは別格だナ、と思った。

 

 

そんなママの下で働くホステスさんも、

 

みんなイイ女振りである。

 

 

 

前回クラブに連れてきてもらったとき、恋愛の話になり、

 

ママが言った名言が、今でも耳に焼きついている。

 

 

 

「男はオイ、女はハイ。いつの時代もこれでヨシ」

 

 

 

 

 

店が混みはじめ、

S師匠の「ママ、ご新規さんの相手をしてあげて。いい夜だった、ありがとう」の粋な一言で、

 

その日の夜会は終わった。

 

 

 

I先生を二人で送別し、後にS師匠を見送り、

 

私も帰路についた。

 

帰り道、先ほどの花屋がまだやっていたので

 

ふと目に入った花を包んでもらった。

 

 

 

「これはクリスマスローズというお花です。」

 

花売りのオバさんが教えてくれた。

 

「贈りものかしら」

 

「あ、いや」

 

普段、花など滅多に買わないから、酔っていたのだろう。

 

帰宅し、クリスマスローズについて調べてみると、花言葉は、“追憶”と出た。

 

 

 

『Sさんね、あなたのことを、遠い日の自分を見ているバツの悪さがある、とおっしゃっていました』

 

 

遠く過ぎ去った時代を思い慰めるかのような花言葉に、

 

ママの言葉と、

 

S師匠の顔が浮かんだ。

 

 

 

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