金の使い方

 

 

 

「いくら稼がれているんですか」

 

と訊く人がいる。

 

私は黙ったまま相手の顔を一瞥するだけである。

 

 

訊くも野暮、答えるはさらに野暮。

 

つまらぬことを訊くな、

 

いちいち他人の身銭の話をするな、と思う。

 

 

私は朝目が覚めると

 

支度をしてジムに行き、体を鍛え、汗をかく。

 

ともかく昨夜の酒をはやく抜きたい。

 

 

その後、喫茶店に入り珈琲をかたむけ、

 

ああでもない、こうでもない、と

 

鉛筆を舐めながら、このブログを書いている。

 

 

執筆を終えれば、サンドウィッチと、もう一杯 珈琲を頼む。

 

 

店を出て、こんどは駅前の本屋で目に入ったものを一冊買う。

 

本棚の隅に追いやられた、

 

こんなもの誰が読むんだ?という本に

 

案外ヒントが書かれてあったりする。

 

 

夜は、酒を一杯やりにいく。

 

カウンターの隅に座って、仕事のことをあれこれ考える。

 

どこか誰も知らない街に行って

 

一からやり直そうか、

 

とか、問うてもどうしようもないことを考える。

 

 

別に聞く気はないが、

 

背後の座敷で呑んでいるお客さんの会話が耳に入る。

 

「俺のオフクロが、もう長くはないんだ…」

 

 

ーーーそうか、今度の記事は、親孝行について書いてみるか。

 

 

東京暮らしの間は毎日これをやる。

 

もちろん、すべてに金がかかる。

 

家計簿でもつけてみれば、毎日の出費に失神するかもしれない。

 

来月の支払い、

 

いや、明日の暮らしはどうしようかと考えているから

 

別に金に余裕があるわけじゃない。

 

 

ただ、読者が間違って読んでしまわれたこのブログは

 

そういった場所や、時間がこしらえてくれた。

 

 

 

 

 

ある日、読者から便りが届いた。

 

 

『私は一年前に彼氏を脳症で亡くしました。それから仕事も辞め家にずっとこもって自殺を考えたこともありました。そんなときあなたのブログを見つけ読ませていただきました。そこに書かれてあった言葉に励まされて私は頑張ろうと決めました。私が今生きているのもあなたのおかげです。』

 

 

金に余裕はないし

 

一体、何のために書き続けているか分からんが

 

 

この便りだけで、十分、お釣りが来るやも知れぬ。

 

 

 

 

 

ーーー何が言いたいのか?

 

一見、無駄だと思える銭を使いなさい。

 

その余裕がないなら

 

人の何倍も働けばよいだけのことだ。

 

 

人間は銭が手に入ったとき

 

 

どう使うかで、或る器量は計れる。

 

ましてや箪笥(たんす)の奥に仕舞われているうちは

 

金に何の価値もない。

 

 

 

金は稼ぐより、使う方が難しい、

 

とどっかのエラい社長が言っていた。

 

 

社長さんほどのお金は稼いだことも使ったことはないが、

 

あながち間違いじゃないナ、と思える。

 

 

 

大人の男は

 

努力や善と思われることを成すこと、

 

成した後は、

 

それを表に出さずに仕舞っておくのが

 

まことに品格があるが

 

 

下品な私みたいな男が

 

こういうことを書いてしまう。

 

 

 

 

失敬。

 

 

 

「マスター、サンドウィッチと、もう一杯 珈琲を」

 

 

 

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