父の涙

 

 

春分。

梅も散り、桜の蕾もふくらんできた。

 

私は今、故郷に帰省する新幹線に乗って

この記事を書いている。

 

おそらく今回は私にとって加減が許されない内容になるので、

東京駅から、博多駅までの移動時間、

約五時間はとてつもなく短く感じるだろう。

 

 

父のことについて書こうとおもう。

 

私は、父の涙を知らない。

 

私が二十数年間生きてきて、一度も見たことがない。

 

では一度も泣いたことがないのかと言えば、それは違うらしい。

 

らしいと書いたのは、母に訊ねたとき、こう言われた。

 

「お父さんは、選挙に当選したときに一筋の涙を流していました」

 

 

ーーーへえ、あの人も人前で泣くのか。

 

 

 

 

父は八年前まで、ごく普通の勤め人であった。

サラリーマンだ。

 

そんな父が突然、

母と私と弟を座らせてこう告げた。

 

「会社を辞めて、選挙に出る。すまないが、家族には迷惑をかけることになる」

 

私と弟は顔を見合わせた。

 

母に目をやると、すでに話を知っている様子だった。

献身的な母のことだ、父の背を押したのは分かった。

 

 

息子は正直、無茶だ、と思った。

 

政界のことなど無知だったし(今もよくわからん)

日本政治の良し悪しなど、

どこか遠い話のように感じていつの日もカヤのソトにあったが

 

選挙に出るような人間など、

 

エリートしかいないということは信じていた。

 

 

こう書くと玄関先でどやしつけられるかもしれないが

父の学歴は商業高卒業どまりである。

 

聞けば周りは高学歴、父は高卒、選挙に落ちれば無職。

 

私と弟の下に、まだ幼い妹たちもいる。

 

ーーーすこし無謀すぎやしないか。

 

それに私だけではないと思うが、

 

町工場の社長さんが命を懸けて会社をまもろうとしているのに、

 

悪事がバレれば首をすげかえて済ませるような政界にはあまりいい印象はなかった。

 

 

 

しかし一家の主人が、やる、と決めたんだ…

私たち子どもが、親戚が、近所の親しいおばさんが、学校の先生が反対したって、

 

家の中でのことは、父の言う事がなにより先である。

 

 

「わかりました。もしものことがあって、晩ご飯がナシでも文句はありません」

 

「これは家族だけの問題じゃない。多くの人の暮らしを巻き込む。もしものことは断じてあってはいけない。俺はやる」

 

 

父が毅然として言った。

母は黙って大きく頷いていた。

 

私は、さっきまで学歴がどうのこうの思っていたのが恥ずかしくなった。

困難なものに立ち向かっていくという人間の姿勢、姿、そこにこそ真理がある。

 

 

 

 

 

父は当選した。

 

しかしお世辞にもトップ通過とは言えなかった。

 

母曰く、

父はそれまで支えてくださった周りの関係者に深々と頭を下げて、

顔を上げたときに涙を流していたらしい。

 

心情は聞くまでもない。

 

 

 

トップではなかったが、私は、それはそれでよかったと思う。

 

トップ通過だと自分が他人よりすぐれているという自意識と、

それにともなう傲慢さが生まれる。

 

当然、一等じゃなかった父は誰よりも懸命に働いていた。

朝も夜も関係なく、こんなに家をあけるのか、サラリーマンのままのほうがよかったんじゃないか…とも思ったりした。

 

心なしか、白髪も増えていた。

 

だから私のなかの政治家の印象は

父の背中が変えてくれた。

 

 

こんなに誰かのために休まず働くのか、と。

 

 

高学歴のエリート政治家とはずいぶん顔が違うが

父は辛酸を経験している分、

他人に優しい。

 

 

自分自身がツラい目にあってない人にリーダーの資格はない。

 

人にバカにされたり、

罵られたり、

「何で俺だけがこういう風なんだろう」という経験をしていれば、

「たぶんアイツはツラいはずだ」とか、

「国民はこの部分がツラいはずだ」ってことがわかる。

 

政治家に、苦節を味わったことのある、この種の人間は少ないらしい。

 

 

 

 

選挙は四年に一度ある。

父は、二度目の選挙もなんとか当選し、

この生業に就いて早くも八年目になる。

 

そして今回が三度目。

   

 

母から電話があった。

 

「仕事、お忙しいとは思うけど、お父さんのために、月末は帰ってきていただけませんか」

 

「問題ないですよ、私は何をすれば」

 

「家族全員、揃うだけでいいのですが」

 

「そうですか…」

 

 

 

 

 

政治家の倅が、こんなことを言えば、大問題であるが

政治などどうでもいいナと思ってしまう。

 

なにかと不祥事の報道も多かったし

若い人の大半がそうなるのも分かる。

 

ただ、父を、父親ではなく一人の男として見たとき、

ああ、こんなかたちのいい大人の男になら

わざわざ一票を入れに行こうかと思える。

 

 

 

 

私は大学卒業して

職もアテもなく上京した。

 

すでに政治家の生業を持っていた父は、世間体もあったというのに、

 

それを許してくれた。

 

 

 

そしていつまでも心配性な母に、父はこう言ったらしい。

 

「あいつは心配ない。イイ大人の男になる」

 

 

 

なんというか、まとまりのない文章になってしまった。

 

やはり、父のことを書くなど

私には早すぎたか。

 

父のために帰省、と言いながら

 

夜は、博多美人でも眺めながら酒を飲むとするか、

と胸をふくらませている。

 

 

 

父が言ってくれた、

 

イイ大人の男に私は相変わらずなれていないみたいだ。

 

情けなく思うばかりである。

 

 

 

博多駅に到着した。

 

 

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