じいちゃんに似て

 

 

祖父は立ちどまって、振り返り、

 

汗だくで息を切らす少年の私を見てかすかに微笑んだ。

 

「もうすぐで頂上だ。頑張りなさい」

 

遠いむかしの、登山の記憶である。

 

 

どうせ私が、祖父母の家に居ても、

 

テレビは演歌ばかりで退屈だ、

 

などと駄々を捏(こ)ねたのだろう。

 

 

祖父はしばしば、そんな私を裏山へ連れ出してくれて

 

山登りの途中にあらわれる疎水跡や、

 

古井戸、山の作物を見つけては

 

その知識を一から十まで教えてくれた。

 

 

学校の勉強なんかより、

 

汗をかく授業はまぶしい時間だった。

 

 

ようやく山頂まで登り、

 

陽をうけてかがやく田畑や川、田舎町を祖父と並んで見渡す。

 

おぼろに霞んでいて、まるでひとつにとけ合っている風景の、

 

あの夢のような美しさは限りない。

 

 

「よく登った、お前はじいちゃんに似て、頑張り屋さんだな」

 

と祖父は私の頭にポンと手を置く。

 

 

″じいちゃんに似て…″

 

それは、祖父の口癖だった。

 

私が作画でたまたま賞をもらったり、

 

読書感想文の賞を持って帰ると

 

「じいちゃんに似とる」と喜んで褒めてくれるのが常だった。

 

 

おじいちゃんに手を引かれて歩いていた幼い孫は

 

あっという間に、祖父の前を歩き、祖父を見下ろす様になった。

 

時間が経ったのである。

 

その時も、祖父は

 

「お前はじいちゃんに似て、高身長の男前だナ」と冗談を言って、

 

笑って私を見上げた。

 

子どもの頃には、

ずいぶんと大きく思えたあの山も、

今見ると頂上まで祖父を背負って登れそうな低山である。

 

 

母と父

でも書いたが

祖父は昭和四十年代から約五十年近く

飲食業 一筋の人生を歩んで

足腰を悪くして引退した。

 

からだが良くないので、家ではじっと座っていて、元気がないように見えた。

 

うしろ姿は驚くほどちいさくなった。

 

 

ボケも入ってきた。

 

少しとぼけて生きることは大切であるが

 

私たちのことが分からなくなってしまった時は

 

虚しさから言葉が出なかった。

 

 

認知症、それは切ない病である。

 

浅い記憶から順になくなってしまうので

今朝、胃に入れたパンやコーヒーが無かったことになり、

家路をさ迷うことになり、

果ては家族のことを忘却するようになる。

 

 

認知症の件もあって

祖父は施設に入院することになったが、

年の瀬には仮退院が許されて、

親戚一同がひとつ屋根の下に集う。

 

 

しかし祖父は、心ここに在らず、という感じがした。

ずっと落ち着かない様子だった。

 

 

「おとうさん、孫たちが来てくれましたよ」

 

と祖母が教えてあげると

 

「おう、そうかそうか」

と一応は応えるが、私たちのことが分かっていないのが、

それとなく伝わる。

 

『お前はじいちゃんに似て男前になったナ』

 

そんな言葉はもう祖父の口から出なかった。

私はどうしていいか分からなくなった。

 

 

盆に入ろうとするころ、

母から連絡が入った。

 

『お爺ちゃんが、あぶないです』

 

背中に冷たい汗が流れた。

 

 

私は東京での仕事が山積みだったが

それを投げだして、福岡へ帰った。

 

 

 

 

田舎町にポツンと建つ

施設の一室の介護用ベッドの上で、

祖父は静かに睡眠していた。

 

 

部屋のちいさな窓を開けると

空気はハッとするほど新鮮で

静かに草木を渡る風の音がする。

 

 

ーーーこんなイイところで過ごしていたら…

何だか、ほっとした。

 

 

祖父に会うのは久しいことだった。

容姿は痩せ細り、まるで別人だった。

ベッドがやけに広く見えた。

 

 

「おとうさん、孫がきてくれたよ」

 

祖母が、祖父の小さなからだを揺らす。

 

祖父は重たい瞼を、懸命に開けて

私をさがした。

 

 

ーーーそんなふうにしなくていいんだ。静かに横になっていてください。

 

 

「清流…か?」

 

祖父の口から、私の名前が出たとき

途端に目頭が熱くなった。

 

ーーー思い出してくれたんだ。

 

「うん、じいちゃん、会いにきたよ」

 

「そうか、清流か」

「うん、俺だよ」

「……おまえは、じいちゃんに似て…、おとこ…なったな…」

 

最後のほうは言葉になっていなかったが、

私には十分すぎた。

 

その言葉が、どんな褒め言葉より嬉しいか、

他人には計れまい。

 

「ありがとう、じいちゃん」

 

それが祖父と私がした、最後の会話になった。

 

 

 

 

葬儀後、

 

火葬を終えたあとの、あの虚しさは他にない。

これっぽっちか?という骨になった祖父を

骨壺に収めていく。

 

家族はみな、眉をひそめていた。

 

長年寄り添った祖母の顔は見れなかった。

 

 

参列してくれた私の幼い妹たちは、

 

人間の死を目の当たりにするのは

 

初めてのことだ。

 

 

人は死ぬ。

 

こうして命が儚いものだということを骨身に染みて知っていれば、

生きることの素晴らしさなんてものは、

誰に説明されるまでもなく理解するものだ。

 

 

残された人は、

生と死は隣り合わせであることを腹の底に抱えて

せめて死んだ人に恥ずかしくない生き方をしよう、

こういう覚悟で生きていかなければいけない。

 

 

これが

死んだ人が最後に残してくれる、力である。

 

祖父は、私たちに計り知れないものを残してくれたんだ。

せめて、立派でなくても

最期まで生き抜くことが恩返しだろう。

 

八月一日

 

またひとつ、酒を呑む理由ができた。

 

『じいちゃんに似て男前になったナ』

 

耳の奥で、しゃがれ声がした。

 

 

じいちゃんに似て” への2件のフィードバック

  1. すごく良かった。
    素晴らしい。
    改めて自分の人生を考え直すきっかけになったよ。

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