同性愛

 

 

 

男が男に惚れること、

 

それで身体も結ばれるというのは決して悪いこととではない。

 

 

女と女が恋愛関係になるのも同じ、

 

恋愛のかたちは千差万別である。

 

 

ようやく社会では

 

同性愛がきちんと認められ

 

祝福される傾向になったが

 

こういった愛のかたちは昔からあるもので

 

べつに最近始まったわけじゃない。

 

 

人類誕生以来の、正常なことで

 

本当は、わざわざ私が取り立てて書くような

 

特別な行動ではないのである。

 

 

先日、カリフォルニア州サンフランシスコにある

 

カストロ地区という街に訪れた。

 

カストロは、アメリカでLGBT(レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)

 

の人口が最も多い街。

 

 

道では、同性カップルが

 

平然と手を繋いで歩いていたり、

 

キスをしたりしていて、

 

それはむしろ男と女みたいにドロドロしてなくて

 

 

見ていて爽やかだった。

 

 

 

私はとなりに日本人女性を連れていたので

 

彼女の反応が若干気になっていたが

 

目に入ってくる光景を平然と受け入れている様子で

 

ステキな街だね、と一言。

 

 

こちらは彼女のそんな横顔を眺めて思わず

 

「イイ女だな…」と口に出してしまい、

 

ーーー相変わらずバカな男だ、と反省した。

 

 

 

二人で、GLBT歴史博物館にも立ち寄ってみた。

 

 

オーナーらしき恰幅の良い男が

 

私たちを迎え入れてくれて

 

日本から初めて訪れた旨伝えると、

 

喜んで館内を案内してくれた。

 

 

同性愛がまだ認められていなかった時代、

 

同性愛者らは、罰金刑があったり

 

同性間性交渉を禁止する法律もあったそうだ。

 

言うまでもなく、差別、さらには殺しまでもがあった。

 

 

自由な恋愛ができない世界は

 

彼ら(彼女ら)にとってどれだけ息苦しかったものか。

 

 

政治運動、デモも、命懸けである。

 

 

歴史館には、当時の鼓動が残っていた。

 

少しショッキングな写真が並んでいたが、

 

 

歴史を学ぶことは、そういうことである。

 

 

 

人間は皆それぞれ

 

顔、身体が違うように

 

いろんな夢、願望、欲望を抱いて生きている生き物だ。

 

 

そしてどんな人間の中にも

 

同性愛的な感覚はあり、

 

それを自然の中へ溶かしてしまうか、

 

それとも人間の中へで結晶させるか、

 

 

違いはその程度である。

 

 

男が男に(女が女に)憧れ、

 

寄り添いたいと願うことがあっても何の不思議もない。

 

 

いま私たちは新しい目を持つべきだ。

 

 

世間の目を見つめ直すことは

 

世間というものの本質を見直すことになる。

 

新しい目から見えるものは想像以上にゆたかなものだったりするから。

 

 

 

え?私はどっちだって?

 

どうってことないが、

 

 

新宿二丁目の酒場で店を切り盛りしているママ(男だけど)が

 

私の顔をじっと見たあとにこう言った。

 

 

「あんた、顔に女好きって書いてあるわよ、スケベな面してるわね」

 

 

 

ーーーやかましい。

 

やかましいが、

 

どうしてオカマの言葉は

 

こうもスンナリ耳に入ってくるんだ、と

 

 

不思議に思う。

 

 

 

迫力が人と違うんだな、言葉も、容姿も。

 

いや、失礼。

 

 

 

 

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